2007年01月25日

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 私は子どものころから読書にとりつかれていた。今も多くの本を読む。

 質や量はたいしたことはないが、とにかく手当たり次第に書物を読んできた。

 その理由はただひとつ「知りたいから」につきる。
 
 何を知りたいのか。つらつら考えるに、やはりそれは「自分は何者で、どこから来たのか」という問題につきるようだ。

 それに関連して、私がずっと疑問に思ってきたのは「日本人とは何者か。日本人である私とは何者か。」ということであった。

 だが私はそういうことをつっこんで研究・考察する専門家ではないし、なりえない。
 ただ日々、そんなことを漠然と思いながら、散漫な読書を続けているだけである。

 タイトルは宮本常一「忘れられた日本人」から拝借している。民俗学者・宮本は近代化で断絶される以前の日本人の姿を丁寧に掘り起こしていった。
 だが、現代では私たちは、近代化以前どころか、ついこの前にあったできごとや当時の感情までもハイスピードで忘れてしまっている。まして先人のことなどは忘却のかなただ。
 私たちはいまやへその緒のない赤子のようなものである。または、一定時間以上何かを覚えていられない健忘症の患者のごときである。このような症例は近年多くの映画で取り上げられたのでご存知であろう。記憶を保つことができないので、あちこちにメモを貼る。それでも片はしから忘れていく。足元が暗闇に飲み込まれるような恐ろしさ。私は病気ではないけれど、今抱えているこの危惧、日本人としての記憶が薄れていくこの危惧は、これに似たような症状を持っているといえないだろうか。

 メモを貼りまくるかわりに、ブログを立ち上げてみた。
 これは体系的な研究ではない。体系的なメモでさえない。
 ただの、日常的な、漠然とした、自分を支える行為の一環である。
posted by adayabook at 03:22| Comment(0) | TrackBack(0) | このサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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