2006年03月29日

武家の女性

3316210.gif武家の女性
山川 菊栄/著
岩波書店
文庫判 
630円
発売日:1983年4月16日
ISBN4-00-331621-5


 岩波文庫で「武家の女性」なんて素気ないタイトルなので、なにやら堅苦しい研究論文のように思えるが、それとは逆でかろやかな読み物である。
 これは著者が、幕末の水戸藩の武士の家に生まれた母の昔語りを聞き書きしたものだ。怒涛の変化に巻き込まれた水戸藩の変遷の中で、当時の武家社会の実際の生活が綴られていく。
 これは貴重な当時の記録であるとともに、何やらノスタルジーも感じさせる楽しいエッセイ風の読み物でもある。読み始めるとその柔らかな語り口、のどかな楽しさを感じさせる描写に引き込まれ、一気に読んでしまう。私は歴史が苦手なのだが、それとは関係なく十分に楽しめる本だった。
 太平の世が1世紀も続いた幕末ともなると、士族には給与がいきわたらなくなり、武士はほとんどがど貧乏である。そして藩でも財政引締めのためと称して、士族たちのたくわえをますます減らしていた。

 特に、この物語をかたる千代の父(著者の祖父)である人物は下級士族であり、当然ながら相当な貧乏であった。
 幕末の水戸藩は特に尊皇攘夷論が盛り上がったことで知られるが、彼は政治的にはノンポリで、したがって野心もなかったようだ。彼は教師として、近所の子供たちに漢文を教え、その礼と藩からの零細な給与で細々暮らしているのだった。一家がまあ不自由ない程度に暮らしていけたのは、母のやりくりのおかげだったという。

 そんな中、千代は家の手伝いをしたり、お針子の教室に通ったりしてごくつつましく暮らしていた。芝居見物もなく、歌や踊りも禁じられ、きれいな着物も甘いお菓子もない。
 町民たちは太平の世の豊かさを享受している時代である。彼らは自由に山海の珍味に舌鼓をうち、芝居小屋のスターに嬌声をあげ、書や画を買い求め、酒やタバコなどの嗜好品を楽しみ、子供に手習いをさせていた。
 だが貧乏武士の娘にはそれらは手の届かぬ憧れであった。遊びたいさかりの娘時代に、そうしたものから遠ざけられるというのはどんなにつらいことだろう。

 だが、千代の性格なのか、それとも書を記した菊栄の性格なのか(おそらく両方だろうが)、本文中には「つらかった」という描写がほとんどない。
 むしろつつましい生活の中にある楽しみが綴られていて、それがいかにもおおらかさのある、ほっとするような描写なのである。
 さまざまな年齢と地位の子供たちが通いつめる、にぎやかな塾の光景。
 女でも学問をやってみるのもいいだろうと、父が漢文を教えてくれたこと。
 その時だけは侍も刀をおいて、子供たちとかるたに興じる、年に一度のお正月。
 町民の位の家人が見てきたお芝居の話に聞き入る夜。
 通っていたお針子の教室のおじいちゃんが、かわいい娘たちを喜ばそうと芝居の声色をやってみせるさま。
 お針子の教室の娘たちと連れ立って出かけるお花見。
 …つつましやかで、普通のことばかりだが、どれも千代や同時代の娘たちのかけがえない時間だったことがうかがえる。

 千代はこの後、激動の時代に巻き込まれるが、父が徹底的にノンポリだったせいで、変化にあまり巻き込まれることもなく文明開化を迎えたようだ。身だしなみが大変だったチョン髷、おはぐろ、そして窮屈な身分制度がなくなって周りの大人たちは助かったと言ったというほどの言及しかされていない。
 だが幕末には多くの知り合いが命を落とし、流血沙汰は長い間続いて、連日の打首獄門にすっかり慣れきったほどだとも書かれている。
 
 歴史書は、こうした庶民の視点を忘れがちである。どんな事件があったときにも、楽しみや苦しさを抱えて生活を続けていく庶民がいる。彼らから見た事件はまた違った様相を呈しているのだ。
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posted by adayabook at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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